辻乃森音楽師  〜シューベルト断想&創作〜  

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zoom RSS 『中学生賛』 黄葉(もみぢば)小説

<<   作成日時 : 2016/01/06 20:14   >>

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 わたしは相生垣晴恵。あいおいがきはるえ。
 小学校時代、6年間すべて名簿のトップでありつづけた。妙に快感だったが、目立ちたくないときは困るかなという不安もないまぜのか・ん・じ。仕方がないから、心の中で胸を張り、吾輩はアイオイガキハルエである、と激励するのだ。それが、毎年4月の恒例だった。
 ところがである。中学校に上がると、わたしの名簿は2番になった。落ちた。と思った。1番は誰かというと、相生静香。あいおいしずか。こいつも絶対、小学校では毎年、わたしと同じ思いを春にいだいていたはずだというのが次なる感想だった。
 で、こいつはどんなやつかというと、憎らしいくらい可愛いではないか。これがその次の感想。こいつもわたしと目を合わせるなり、猫のような笑みを浮かべた。猫に笑顔があればの話だけど。
 おもしろいじゃない、やってやろうじゃない、と私は思った。何をやってやろうというのかはわからないので、困った。
 まあ、よくあるのかないのか、そんなこんなで、吾輩と相生静香とは大の仲良しとなりました!
 
 ハンバーガー・ショップでハンバーガーを頬張りながら、静香が言った。
 ……やってられへんわ。
 静香は大阪のどこやらから引っ越してきたのは、聞いて知っていたが、やってられへんわ、とは面白い言葉の響きだなと感動を覚えて、まじまじと静香の目をみつめた。
 ……わたしな、小学校のときはな、ものすごい長い髪を肩から垂らしてたん。
 ……静香、ストレートやし、茶色っぽいし、自慢やっただろ?
と、妙な関西弁で答えてしまった。
 ……そやねん。そやし中学校に上がって、やってられへんわ状態やねん。
 やってられへんわ状態。
いいなあ、その言い方。怒りとあきらめとをない交ぜにして、静香はストローをくわえ、コーラを吸い上げた。
 ……思いきり、太ったろか、やねん。
 可愛い猫がブサ猫に変貌していく姿をわたしは思い描いた。
 ……けど、あかんねん。わたしな、なんぼ食べてもなんでか太らへんねん。なんでかな。
 静香がハンバーガーにかぶりつき、思わずわたしもそうした。わたしは太る体質だが。
 ……あんな晴恵。面白いこと思いついてるんやけど、話にのる?のらへん?
 静香は最後のハンバーガーをがぶっと一口で口に押し込んだ。もぐもぐと顎を動かしながら、妖しい眼差しでわたしを見つめている。話にのるかのらないか、その内容によるじゃないかと思うものの、何かしらわくわくしてきたので、
 ……のっちゃうよ。
 ……ほんま?
 ……ほんまや。
 ……あんた、ほんまに関西弁、下手やなあ。関西の人間は上手に関東弁こなしとるで。
 ちょっとばかり気を悪くして、わたしは食べながらしゃべるのは下品ですわよ、と言ってみた。
 ……さよか。で、話にはのるんか?
 わたしは小さく頷いた。静香は、よし、という感じでしっかりと頷き返して、いくぜ〜、と小さく叫んだ。そして突然席を立ってカウンターへ向かっていった。何なの、それ、とわたしは思いながらも静香を観察していたら、驚いたことにトレイにチーズバーガー、ポテチ、何やかやのサラダを山盛りにして戻ってきた。
 ……おごるわ。感謝してや。わたしも感謝してるさかい。な。
 わたしは太る体質だからとは言えなかった。静香は席に着くなり、サラダを頬張り、こう言った。
 ……よう言うやん。人間、生まれる時も死ぬ時もひとりやで〜って。アホちゃうかと思うわ。
 何の話を静香はしようとしているのかついていけなくて、わたしは仕方なくポテトを、ふうん、という顔で口に差し込んだ。
 ……そやかてわたし、双子やもん、生まれた時はひとりちゃうねんし。死ぬ時かて、ひょっとしたらテロとか自然災害とかでたくさんの人といっしょに死ぬかもしれんやん。問題は死ぬ時に、誰がそばにいてくれてるかや。それがあかんかったら、まあ、ひとりでオッチヌわけやけど。……晴恵、あんた、どう思う?
 どう思うと聞かれてもどうしようもない。静香が双子で誕生したとは知らなかった。
 ……晴恵、食べよし。おごりなんやから。ほらほら。
 トレイをわたしの方へ押してくる。静香にはいつも押され気味だな、とわからないように苦笑したら、
 ……晴恵、どう思う?
 ……生死の話?
 ……ちゃうがな。ちゃいますがな。あんた、結婚する時、どうしたい、っちゅう話。
 どうして話がこうもポンポンと跳ぶのかなあ、静香は。何を言わせたいんだろう。結婚式のことなのならそれなりに夢はある。それ以外には思い浮かばない。でも、ここで一発、静香をぎゃふんと言わせてみたくなった。
 ……富田林さんと結婚したら、富田林晴恵になるかな。で、静香は亀井さんと結婚したら、亀井静香になるのか。オモシロ。
 ……何、それ。うちは別姓婚賛成派や。亀井静香にはならへんで。あんたも考えや。相生垣晴恵。ええ姓名やがな。あんたが同姓主義者なんやったら、無理にとは言わへんけど、海原晴恵とか、富田林晴恵、それから当然、佐藤晴恵になったらあかんで。海音寺晴恵なら、ええか。いっそ、パラディソ・晴恵なんて、どう。怒涛晴恵、大蜥蜴晴恵もええわいな。ははは。
 ……静香は完全に弄んで喜んでるよね、それって。なんで名字がどうのこうのって、こだわってるのよ。晴恵とか静香も平凡じゃない。だったら、名前全部を変えるって、発想はないの?
 静香が答えた。
 ……わたしの言ってること、わかってきたんやん。感動、感動!ほな、わたし、先に帰るわ。かんにんな。
 何だ、それ。わたしは茫然と、テーブルの上の散らかったハンバーグの食べ残しやなにかを見つめた。面白い話があるからのるのかのらないのか、の話はどこへすっ飛んでいったんだろう。静香はやはり妙ちきりんな関西女だ。
 
 と、寝室でベッドにもぐりこむ度に頭に静香の猫顔と、面白い話のことがぐるぐるとしてしまう。もう学校で会うまで待てるもんか、と携帯で電話を入れた。夜の十一時。静香の明るい声が返ってきた。
 ――晴恵かいな。どないしたん、こんな夜遅うに。
 ――ごめんんね。寝てた?
 ――寝てへん。聞こえへん? 弦楽四重奏曲。
 ――はあぁ?
 ――シューベルトさんの、「死と乙女」。あんた、知識不足してますよ。
 静香の声の向こうからバイオリンや何かのゆったりした、でもどこかキツイ感じの音楽が聞こえてはいた。寝る前に聞く音楽?何を言いたくてわたしは電話したのだったか、それを忘れた……。
 ――おやすみ。
 ――はい、おやすみ。あ、晴恵な、ゴルドベルク変奏曲、ピアノ演奏と弦楽演奏とどっちが好きや?
 ――何、そのゴールドベルって。金の鈴?
 ――ははは、おやすみ。寝る前に笑わせてくれておおきに。
 わたしはそこで電話した目的を思い出した。
 ――ちょっとちょっと、静香、この間、話にのる、とか誘ってたじゃない。あれなんだったの?気になって眠れないんだけど。
 ――そんなこと言うたかいなあ?……あ、あ、あれね。あれね。忘れてたわ。
 忘れるな、静香。と心の中で叫びながら、
 ――そうか、大した話ではなかったわけだ。おやす……
 静香が珍しく叫んだ。
 ――おっとおっとの、おっとせい。まあ、大したこっちゃあらへんけど、晴恵、うちを信じてこの話、のる?のらへん?うち、ひとりでは心もとないのであります。
 のるものらないも、ないではないか。要は、静香を信じるかどうからしい。では、信じましょう。
 ――のってみる。
 ――よっしゃ、さすが、晴恵や。ええ、おばはんになるわ。
 
 月曜の朝。心地よい秋の空と空気を味わいながら、校門をわたしと静香は堂々と通り抜ける。立ち番の大柄な唐崎先生の目の前をだ。笑いをわたしたち二人はかみ殺している。背後から、おい、こら、おいおいおい。と力ない声がしていた。
 学校には校則というものがある。それは認めるけれど、女子は髪を肩を超えちゃあいけねえ、ってのはどうもいけねえ。あかんと思わへん?という静香の提案にわたしはのることになったのだ。
 近くの小学校も高校も女子は何人も肩を越す髪を風になびかせているではないかと。これはおかしい。砂漠の中のオアシスならぬ、オアシスの中の砂漠やえ。よし、やっちゃおう。
 
 風がわたしたちの坊主頭をすがすがしく撫ぜている。

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