辻乃森音楽師  〜シューベルト断想&創作〜  

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zoom RSS きらきらの木

<<   作成日時 : 2018/06/14 17:03  

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 しとしとと一日、雨が止むことなく降ったその次の日だった。
雨はあがっていて、曇り空とはいえ、時おり陽の光が射す日だった。
佐智子は居間のガラス扉を開けて、ベランダに出て、太陽がゆっくりと陽射しを増すのを見届けると、よっしゃ、と声に出して居間に舞い戻り、ソファにかけておいた黄色のカーディガンをつかむと、マンションの三階から慎重に足を運んで階段を下りていった。

 敷地から本通りに出たその眼に、広く作られた歩道に立ち並ぶ欅とイチョウの並木が、予想通りの色合いだった。佐智子がショルダーバッグの折り畳み傘を手で確認した時だった。ぱあっと陽射しが降りてきた。
 ……きらきらの木だあ。
 母親と手をつないで前を歩く六歳くらいの女の子の声がして、佐智子も女の子に倣って顔を上げた。イチョウの黄色い葉の群れが明るく、おとなしくさんざめいていた。佐智子も口にしてみた。
 きらきらの木、と。
 別の誰かの声が聞こえた。落ち着いた大人の声だった。
 ……この前は本当にありがとう。
 他でもない、さっき女の子がきらきらの木、と指差し見上げていた木の声だ、と佐智子は了解して、その木のそばに立った。
 ……ありがとうって、何のこと。
 ……覚えていませんか。
 ……ヒントをちょうだい。
 ……急いでいるのではありませんか。
 ……それは大丈夫。雨も止んだし、気分転換に歩いているだけだから。
 沈黙が返ってきた。
 ……話がないなら行くわよ。
 ……ああ、ああ、ごめんなさい。あなたが歩いているだけとおっしゃったもので、つい人間は歩けていいな、と少しばかり感慨にふけってしまったのです。
 ……そう。わたしはあなたたちの方がうらやましいけどね。
 ……そうなんですか。何となくわからないでもないな。
 ……で、ヒントをもらえる?
 ……そうでした。ヒントでしたね。私を蹴る愚か者をあなたが……。
 佐智子はそこで思い出した。やはり六歳くらいの男の子が、そのいわゆるきらきらの木に向かって前蹴りを繰り返していた。そばにはお祖父ちゃんらしい老人がいて、佐智子は最初はその男性に注意を促そうと思ったが、飽きずに前蹴りを繰り出し続けている男の子の姿が腹立たしく、そこのぼくちゃん、馬鹿で下品なことは今すぐやめなさい、と怒鳴りつけたのだった。きらきらの木が言っているのはそのことに違いなかった。男の子はどうして叱られるのかわからない顔で佐智子を振り向き、面白いことに、お祖父ちゃんは黙って俯いているだけだった。下品ってわかるかな、ぼくちゃん、と佐智子は畳み込んでしまった。これも面白いことに、お祖父ちゃんと下品な孫は走り去るのではなく、なぜか来た方にすごすごとおとなしく歩み去っていったのだった。
 ……思い出したわ。でも、それって二年くらい前の話じゃなかったかな。
 風が吹いたのか、黄色いきらきらの木の葉が小さく騒いだように見えた。
 ……いえ、三年前です。正確に言いますと、……。
 ……いい、いい。わかったから、いいわよ。
 今度は、佐智子が押し黙った。
 光が風に動いたように見えた。
 ……きらきらの木か。なるほどね。
 きらきらの木だあ、と声をあげる女の子がいて、それに耳を傾ける佐智子がいて、イチョウの木がきらめいていて…………。

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