シューベルトとマリア

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■宗教曲は別としてもシューベルトはいくつかのマリア関係の詩に曲を書いています。もれなく知るわけでもありませんし、もれなく挙げてみるつもりもありませんが、最も有名なのは『エレンの歌Ⅲ』である、「アヴェ・マリア」(D839)でしょうが、他に例えば、
 「マリアの像」(シュライバー詩、D623)
 「ブロンデルからマリアへ」(作者不明、D626
 「マリアの苦悩を」(F・シュレーゲル詩、D632)
 「マリア」(ノヴァーリス詩、D658)
を挙げれば十分ではないかと思います。それらは1818~19年作曲です。

 特に「マリアの苦悩を」(Vom Mitleiden Mariae) は、ドイツ語のスターバト・マーテルです。オーケストラ版のドイツ語による「スターバト・マーテル」(クロプシュトック詩 D383)に比べて認知度は低いのでしょうが。
 よく聴きこんだわけではありませんが、前者も美しい曲であると思います。しかしそれ以上に、ノヴァーリスの「マリア(Marie)は小品ながらまことに宝石のような曲であると思います。
 どんなマリア像も私の魂の中のマリアとはちがっている、と歌っているのですが、さて、シューベルトはどんなマリアを心に描いて作曲したのでしょう。

 1818、19年がシューベルトにとってどういう年であったか、マリアと関係する何かが彼の心にあったかどうかを詳らかにできないのは残念ですが、家を飛び出したりして数年たち、彼にとって孤独は常の友であったとも想像しますと、初恋のテレーゼを思い出したでしょうか、亡き実母でしたでしょうか。
 そういえば、あのギリシャ大好き人間のマイルホーファーと同居をはじめたのもこのころ。やはり孤独の信者であった彼と何か波長があったりしたのでしょうか。マイルホーファー。別の意味で興味深い人間です。ある意味では現代の私たちの孤独を先取していたともいえるのかもしれません。彼が理想郷としていたヘリオポリスとやらは、エジプトに実在した都市、その理想はギリシャ的というよりヘレニズム的というべきかもしれないなあ、などとも思います。できれば彼とシューベルトのコラボレーションについてもいつか触れることができるようにしたいところ。

■マリアを讃える曲としては、モンテヴェルディの『聖母マリアのための夕べの祈り」を思い浮かべ、聴きもします。どれも際立ってすばらしい曲であるとは思いますし、特に「讃歌;めでたし、海の星(Hymnus:Ave Maris stella)」、「マニフィカト(Magnificat)」など鳥肌がたつ(関西弁では、さぶいぼがでる)ような曲ですが、シューベルトではまったく異なっているのが感じられます。当たり前と言われればそれまでですが。

 ※因みに、言わずもがなでしょうが、海の星とは、Stella Maris(ステラ・マリス)、マリアのこと。なぜマリアが海の星と呼ばれるようになったかは解釈はいろいろあるそうです。例えば、イシス女神(海の守り神)との連想や、ラテン語で海は Mare、滴はStilla・・・などとマリアの名のヘブライ語マリアームとの連想など。
 ついでに記しますと、「マニフィカト」はルカ伝1-46~ によるものですが、讃歌の冒頭、ギリシャ語のmegalinei のラテン語訳 magnificat から来ているようです。
  わがこころ主をあがめ、
  わが霊はわが救主なる神を喜びまつる、云々 と。

■ここで少し強調してみても面白いかと思うのですが、シューベルトの歌曲は女性の苦悩を歌ったものが際立っていませんかしら?その意味でも『冬の旅』の男性の苦悩を歌い続けるものは別格となるように思うのです。であれば、『水車屋』はその前触れなのでしょうか。

■例えば、シューベルトの最初の歌曲『ハガルの嘆き』(D5)。
 
 

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