辻乃森音楽師  〜シューベルト断想&創作〜  

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zoom RSS 夢、シューベルト (Orphic Schubert)

<<   作成日時 : 2016/02/16 03:14   >>

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   < 1 >

「他人から聞かされる夢の物語くらい、退屈なものはない」
とは、澁澤龍彦が夢のあれこれを編纂した『夢のかたち』(澁澤龍彦コレクション・河出書房新社)の序での第一声。
 確かに『夢のかたち』で紹介されている百を超える夢、あるいは夢の断片、もしくは考察。退屈で読み流したものがいくつもある。でもなるほどと納得(何を納得かはわからない)したり、心にひっかかったりした箇所も多い。そう、あくまで箇所である。夢の断片の断片を「語った」言葉の箇所個所である。
 たとえばそのひとつ、これは一種の夢の考察。

  
  ……夢みるという動詞は現在形をもたないといってもよいだろう。私は夢みる、きみは夢みつ――これは修辞の綾にすぎない。なぜなら、語っているのは目ざめた者であり、さもなければ覚醒への志願者だからである。
(残肴集)
  
 ポール・ヴァレリーの言葉だ。
 シューマンの歌曲『詩人の恋』の第13曲でのハイネの詩句<私は夢で泣きに泣いた>はだから、正しいのだろう。
 それからパスカルの考察も面白い。
 
  ……もしひとりの職人が毎夜きまって、十二時間つづけざまに国王になった夢をみるとすれば、その職人は、毎夜十二時間つづけざまに職人になった夢をみる国王と、ほとんど同じくらい幸福であろうと私は思う。(パンセ)
  
 まるで、シェイクスピアが誰かに語らせそうな一句ではないかしら。

 さて、ふたつ、考察っぽいものを引用したが、実際の夢語りで印象に残ったのは、私の全く知らないロシアの音楽家・画家・作家、マリ・パシュキルツェフの『日記』の夢語り。何度も読んでしまっている。全文を引用すると長いので抜粋で。
 
  ふしぎな夢をみた。わたしは手に竪琴を持って、地球の上を空高く飛んでいた。
  
 ちなみに竪琴は弦が緩んでいて弾けなかったそうな。続けよう。
 
  私はいよいよ高く昇っていった。広々とした地平線が見え、雲が青くなったり、黄色くなったり、赤くなったり、混じり合ったり、金色になったり、銀色になったり、引き裂けたり、へんな形になったりした。
云々
 
 見事な総天然色の夢。続けよう。
 
  私はさらにどんどん昇りつづけて、ついには怖くなるほどの高さにまで達した。(中略)私のはるか下のほうに、赤みをおびた一個の球が見えた。地球だった。
  
 1875年12月27日、月曜日の記述らしい。
 ところで思うのだが、他人の夢を聞くのが退屈なのに、人はなぜ小説を読むのだろう。同じだと思うのだけれど。夢があまりにシュールすぎ、誰にも語らない自分の闇を見せるからか。
 自分にフィットする小説は大切に読みもし、そうでないものは最初の一行でおさらば。フィットするとは何か。
 
 朝目覚め、夢を見なかったなあ、と思う日も、トイレで必死に思い出すと、思い出すものだ。必ず。私はこれを実験済み。
 できれば、南方熊楠が言うように、寝床から起き上がる前にじっと動かずにいてどんな夢を見たかと、静かに問いかけておくと、トイレでの作業が割合と楽になるかもしれない。
 で、思い出したからどうかというのは、人それぞれ。トイレットペーパーといっしょに流すもよし。しばらくうなだれて、愕然とするもよし。笑うもよし。

 
   < 2 >
 
 フランツ・シューベルトが見た夢を記している。シューベルトが好きな人ならよく知っているかもしれない夢の話。一八二二年七月三日にわざわざシューベルトが書き残しているとのこと。
 これはシューベルトをめぐる我が国の論考ではちょくちょく引用されている。夢の内容は極端に要約してしまえば、こうだ。
 
 あるところへ父親に連れていかれた〈わたし〉が勧められた食べ物を拒否して勘当の身となり長い放浪生活に入る。
 すると、母の死の知らせを聞き、家に戻って母を弔い、勘当を解かれたふうだったが、ある日のこと、父親がお気に入りの庭園を自慢した。が、〈わたし〉は気に入らないと表明し、殴られてしまう。で、再び長い放浪生活を過ごす。
 すると、今度は信仰篤き乙女の死を知った。
 乙女の墓碑のまわりでは人々が輪を描いて回っていて……
 云々うんうん
 
 夢の話はそこからクライマックスを迎えるのだけれど、知ってる人は知っているし、知らない人はたぶん興味をもたないだろうし、要約は以上でストップ。
 ストップするのにはつまらない理由がある。心理学的に興味がある夢の内容だと言われているが、詳しい分析を私は知らない。たぶん、何とかコンプレックスとか何とかにはなるのかなとは思うが……。
 ストップした理由は簡単。いくつかの翻訳を読むだけでも、読み手の私は困惑してしまうばかり。というのは、全く面白くないから。シューベルトの音楽を自ら表現していると強調されるくだりもあるにはあるが、夢全体の話はどの翻訳を読んでも、あまりに文章がひどいじゃないかと先ず思ってしまう。

 理由はいくつか考えられる。
 @シューベルトの文章がもともとマズイ。
 Aドイツ語と日本語の差で仕方がない。
 B翻訳が直訳的すぎる。
 C読み手の私が馬鹿。
 D夢を語るとそうなっちゃう。
 
 他にも論考の出版に際しての校正の甘さ等なども思いつくが、私は個人的にはBとCだと思っている。Cはどうしようもないので、Bについて少しだけ触れておく。誰の本かはいちいち言わない。
 
 先述の要約の冒頭で「あるところ」とあえて記したのには理由がある。あるところとは、ある場合は「遊園地」と訳され、他には「歓楽街」であったり、「宴会」であったり……。
 結局、どこなんだ?とツッコミたくなる。
 乙女の墓碑を回っているのも、多くの若者と老人であるのか、老人は一人だけなのか、さっぱりわからない。
 ※加えて言うなら、『日本語に主語はいらない』の著者の金谷武洋氏が卒倒しそうな夢の記述の翻訳ばかり。
 
 しかし、右往左往しながらも辛抱して読めば、シューベルトの文章にはいく種ものリフレインが繰り返され、音楽的なのではないの?と推察してしまう。
 ひとつひとつのエピソードで時間が流れている。これは音楽でしょう。
 ひょっとしたら、〈楽興の時〉や〈即興曲〉のような、シューベルトの音楽作品を思わせる夢語りの文章ではないのか?
 誰か、翻訳の決定打を打ってくれないものかしら。

 ところで、Dの可能性もなくはない。夢を語ることの難しさ。言語化する時点で、もともとの夢の生々しさは消えてしまう。言葉を費やせば費やすほど。という問題があるにはある。
 それとシューベルト自身、どこまで意識して夢を脚色したのかわからないということもある。脚色すればするほど、生々しさが消えるのだし。

 仕方がない。シューベルトの想いを想像しつつ、踊りましょうか
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