『サッポーのことを少し』 (Orphic Schubert 81)

 ずいぶんと春めいてきた。今年も桜があちこちで暖かな陽射しを透かして咲いている。
 ……けれど、東日本大地震の被災が、影を落とし、桜色の花びらを愛でる心を痺れさせる。東日本大地震という名称とは異なり、日本全国のみならず世界の人々の心にも強烈な地揺れや TSUNAMI が襲っている。そして、放射能汚染の重圧。
 私でさえ、しばらくブログの記事を書く気分にはなれないでいたし、今も苦労しつつ書いている。そして日記的な書き方は避けるという個人的なルールを破らずにはいられない。俄か文化人になるつもりはさらさらないけれど。
 桜が咲いている……。そのことが、今、非常に重要なことだという気がする。
 
 
 痺れた頭をひきずりながら、ここで古代ギリシアの閨秀詩人サッポーに触れるのはどうしてだろう、と訝る気持ちはある。が、何かがそうさせる。
シューベルトは、最後に少しだけ登場してもらおうと思う。
 そもそも、サッポーの名をはじめて知ったのは、ずいぶん昔。詩人鷲巣繁男の文章によってだったと記憶する。それは「流謫」(『ポエーシスの途』牧神社 所収)と題されたエッセイで、シケリア、つまり今でいうシシリーへ流謫の身となって向かう閨秀詩人に思いを馳せる鷲巣氏の文章なのだが、彼はこう語っている。
 
  …文学史は多くその流謫に重きを置かないらしい。 
と。
 幸い、今の私たちは沓掛良彦氏の著作『サッフォー』(平凡社)などによって、いささかなりとも遠い時代の遠いレスボス島の詩人について知ることができるようになった。が、いささかなりとも、という状況に大きく変わりはなさそうだ。それも無理のない話しかもしれない。沓掛氏の言葉を借りながら言うと、九巻あったはずのレスボス島のムーサの詩作品はその九割を二度にわたる焚書のために永久に失ったのであり、まずはナジアンゾスのグレゴリウス大司教の命により四世紀にあらかたが灰燼に帰したのだったし、さらに十一世紀には教皇グレゴリウスの命でいくばくかの作品すら焼失したのだから、遠い日本でなくとも五十歩百歩なのかもしれない。残されている詩は、その断片がほとんど。それも様々な著作家による引用や発見された断片によるしかないというのだ。恐らく今後新しく発見されるものがあっても限られているのだろう。それほど焚書は徹底的に行なわれたのだろう。単に、現代とは異なるテクストの広まり方であった古い時代の事情のせいではないのだ。
 
 逆に不思議に思わずにはいられない。残念なことに、少なくとも私などは、サッポーの詩句の断片(古代ギリシア語の、かつアイオリス方言のやわらかな響きらしい)を呉茂一氏らの日本語訳でしか味わうことがかなわないにも関わらず、読んだときの印象がどうしてこれほど強烈なのだろうか、と。
 例えば、これ。
 
  月は入り
    すばるも落ちて、
  夜はいま
    丑満の、
  時はすぎ
    うつろひ行くを、
  我のみは
    ひとりしねむる。
       『ギリシア・ローマ抒情詩選』呉茂一訳 岩波文庫より)
       
       
 研究者の間では、サッポーの作かどうかその真偽が問われている詩句なのだそうだが、因みに沓掛良彦氏は先述の書のなかで、「サッフォーの作品以外ではありえない」と述べている。勝手に私もそうだと思っている。有名な、
 
  夕星(ゆうずつ)は、
  かがやく朝が(八方に)散らしたものを
  みな(もとへ)連れかへす。
  羊をかへし、
  山羊をかへし、
  幼な子をまた 母の手に
  連れかへす
      (前掲 呉茂一訳)

の詩。これも沓掛氏の注釈によれば、祝婚歌である可能性もあるのだそうだけれど、これら両者などは私には、サッポーの「流謫」の体験が遠く響いているように聞こえてしまうのだ。故郷のミュティレーネーから追放された時の記憶を秘めた歌と聞こえてしまうのだ。もちろん何の根拠もないけれど、そんな読み方があってもよくはないか。世の移ろいから取り残される思いを抱いたサッポーの、すべてのものがあるべきところへ帰っていくが自分は……と悲しむサッポーの、歌であると。

 せっかく「月は入り……」の美しい詩句を引用したので、その「原音」を少しでも味わうべく、たどたどしくギリシア語を追ってみてもいいのだけれど、沓掛氏『サッフォー』のテクスト注釈の中で、ラテン文字に変換したものが載せられているので、怠け者の私はそれでよしとしたい。一部表記の記号が忠実な引用ではないのでお許しを。
 
  dedyke men a selanna
  kai Pleiades mesai de
  nyktes para d'erchet' ora
  ego de mona katheudo.

  
 沓掛氏は、第十二章の本文でもこの詩をとりあげて、「ギリシア抒情詩が半ば音楽であったということを、たとえその旋律が失われていてもなお感得せしめるに足る」(第十二章「伝え得ぬもの」四〇一頁)ものであったと書き添えておられる。私には呉氏の訳で十分だけれど、それでも沓掛氏の言に従えば、近代語でもっともアイオロス方言に近いのがイタリア語だとのことであれば、いささかなりとも私にもその「原音」の遠いこだまを味わうことができているかもしれない。
 ところで、サッポーだったり、サッフォーだったりしてわずらわしいのだけれど、これは、『サッフォー』によれば、アイオロス方言でいけばプサッフォー、またはプサッファなのだそうだ(二一九頁)。私は単純にサッポーという響きが好きなのでそれを使っているにすぎない。
 
 さてここまでいとも簡単に、サッポーの詩作品が辿った運命と詩人自身の「流謫」について触れてみたのだが、そのふたつには何かしら地下で水脈がつながっているような感じがする。こんな断片が後世の引用によって残されている。沓掛氏の訳を引用する。
 
  わたしは
  (きっぱりと)いいましょう、
  後の世の誰かが、わたしのことを
  想いおこしてくれるだろう、と。

  
 淫乱なる女の代表として、その詩が「消滅」させられようとし、実際ほとんどそうなりかけたこと。このことを私は非常に恐ろしいことと思う。私たち現代の日本人が全ての万葉集を抹殺するようなものだとでもいえばよいだろうか。
 今回の大地震や津波は多くのものを消滅させ、かけがえのない命を奪った。そして呆然とする人々をかえりみることもなく、余震がいまだおさまる様子をみせないでいる。津波の映像は、広島・長崎を襲った原爆の爆風を思い起こさせもする。ましてや、原子力施設の壊滅による新たなる核の不安の誕生の現実。天災と人災の見極めを私たちは今後検証していかなくてはならない。ここで崩壊しようとしているのは、とある安全神話ではなく、言葉である、と私は思っている。おそらく神話とは何がしかの真実を内包しているものであって、もともと安全神話なるものなどどこにもなかったのだ。問われているのは、言葉の力であり、人々に希望を与える新しい言葉が生まれなければならないのではないだろうか。

 
画像

 
 サッポーを描いた絵は多いが、特に印象に残るもののひとつは、シャルル・オーギュスト・メンギンの絵画ではないだろうか。ギュスターヴ・モロー描くところのあでやかな衣装をまとったサッポーではなく、長い黒髪を風に泳がせて、胸もあらわに薄い衣を身にまとって岩場にたたずむサッポー。その眼は放心しているようにも、何かこころに決めているかのようにも見える。
 実際は、例えばボードレールが『レスボス』で詠ったような、つまり、
 
  この時よりぞレスボスは歎き悲しむ、            (『悪の花』齋藤磯雄 訳)

と、海に身を投げた伝説にも関わる絵であるのかもしれない。
 しかし、その絵でサッポーは竪琴を右手に下げている。もう弾くこともないのだろうか……。
 いや、と私は言いたい。
 桜が自然のことわりに従って新たに咲くように、彼女は再び琴をかかげて歌い始めると。一旦は失われる歌も、これもまたあたかも自然のことわりであるかのように、私たちの心に再び芽吹くにちがいないと。
 「流謫」の詩人、サッポーが何かを教えているような気がしてならない。
 
 ※以上、いつもにましてとりとめのない愚かな文章となってしまった。一笑にふしていただければ十分である。もっと書きたいこともあるが、今はやめておこう。
 ただ、最後にひとつ、いやいや、みっつ、バーバラ・ボニーの声などをリンクしておきたい。シューベルトの『アヴェ・マリア』(http://www.youtube.com/watch?v=VaQ4KzbrMSQ&playnext=1&list=PL8EDD62A759545A6A)と、同じく彼女のソロでモーツァルトの「キリエ」(ミサ曲ハ短調より)(http://www.youtube.com/watch?v=iZf8Of08ik4&feature=related)、それからシューベルトの弦楽四重奏曲『死と乙女』第二楽章(http://www.youtube.com/watch?v=rQwVVH9YbcI&feature=related  http://www.youtube.com/watch?v=5hycEG1PkjA&feature=related)を……。

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